2016/05/12

イタリア偉人伝(ガリレオ)

さて、今回はイタリア偉人伝シリーズです

今回紹介するのは
皆さんご存知の「ガリレオ」です

ガリレオこと
Galileo Galilei(ガリレオ・ガリレイ)は
1564年、トスカーナ州ピサの生まれです

1581年にピサ大学に入学されてますが
1585年には退学してしまいますが
退学した翌年には
「小天秤」という科学論文を発表されています

この「小天秤」がガリレオが最初に書いた論文だとされています

ところで、
ガリレオのお父さんのヴィンチェンツォさんは
音楽界で活躍されていて
音響学の研究もされていたそうなんですが
そのお父さんの研究ぶりが
のちのガリレオの研究にも役に立っていたそうです

当時の研究家の間では
それまでの研究の結果を本などで読んで
納得する人が多かったらしいんですが
ガリレオは、
自分で実際に実験などをして
自身の眼で確認していたそうです

ガリレオは物理や天文学の研究に関しては
天才的な才能を持っていた為に
「科学の父」と呼ばれるんですが
ただし、人間関係に関しては要領が悪かったらしく
次々に敵を作る事になってしまったそうです

その人間関係が悪かった為なのかどうなのか分かりませんが
いろんな人から目の敵にされる事が多く
地動説を唱えた為に
キリスト教から訴えられる事になり
火あぶりの刑になりました

なんとか、火あぶりだけは免れましたが
しばらくは軟禁生活が続いたみたいです

その後も
天体観測などは続けていて自身の説を証明しようとするんですが
二回目の異端児裁判によって
終身刑を言い渡されます
ただし、二回目の裁判でも
最終的に軟禁状態で済んでいるみたいです

普通なら、
自身を裁判にかけて
軟禁した教会を恨むと思うんですが
ガリレオは熱心なキリスト教徒で
自身の研究は神を証明する為の物だと信じていたらしいです

ガリレオが実際に行った実験で有名な物は
ピサの斜塔から重い玉と軽い玉を落として
両方とも同時に落ちるって実際をしたり
ピサの斜塔のシャンデリアを見て
振り子理論を発見したりと
(振り子の紐が長くても短くても
往復する時間は同じ)
ピサの斜塔に関する物が多いですよね

理由は、ピサ大学で数学を教えていたという事なので
その時に色々と発見されたみたいですね

それ以外では
望遠鏡で太陽の黒点を発見したりと
天文学の分野でも活躍されてます

しかし、73歳の時に
望遠鏡で太陽を見過ぎた為に
片目を失明してしまいます

その翌年には、
残っていたもう一つの目も失明してしまい
完全に目が見えなくなってしまうんですが
その後も長男や弟子に
自分の言葉を伝えて本を出版したそうです

そして、1642年に78歳で亡くなってしまいます




ガリレオの死後も
キリスト教会は異端児という見方を止めずに
ガリレオが出版した本なども
認める事は無かったらしいです

しかし、ガリレオが亡くなってから
350年経った1992年に
当時のローマ法王のヨハネパウロ二世が
ガリレオ裁判は間違いだったと認めて
正式にガリレオに謝罪したそうです

以上、
なかなかの波乱万丈の人生ですが
ガリレオ・ガリレイの偉人伝でした

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感想(0件)





2 件のコメント:

  1. 「それでも地球は回っている」
    あまりにも有名すぎる言葉ですね。
    当時の人々にとっては突拍子のない発言でしたが
    自分が正しいと信じたことに、たとえ命がかかっていても妥協をしない、
    神の真理だという確信があればこそですね。

    先日のマグダラのマリアと同様に、ガリレオも
    正式に汚名が晴らされて良かったです。

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    1. 小町さん
      当時では絶対に考えられない事で
      自分の発言で逮捕までされたのに
      それでも真理を追究する姿勢は凄いですよね

      ヨハネパウロ2世も
      これまでのキリスト教会の歴史を変えた素晴らしい方ですよね

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